サロンを辞めて独立する前に買ったジェルや道具、配ったショップカードの代金は、「開業費」として開業後の経費にできます。
独立を決めてから実際にお客様を迎えるまでの数か月は、お金が出ていくばかりです。ジェルやポリッシュをそろえ、ショップカードを刷り、物件を見て回る。売上はまだゼロなのに、財布からは何万円も出ていきます。
この「開業する前に払ったお金」は、捨てるしかないのでしょうか。そんなことはありません。税金のルールには「開業費」という決まりがあり、開業前の支出をきちんと経費にする道が用意されています。しかも、いつ経費にするかを自分で選べるという、めずらしく自由度の高い仕組みです。
この記事では、ネイリストが独立するときに出ていくお金を例に、開業費の考え方と使い方をお伝えします。
開業費とは「開業の準備のために特別に払ったお金」
まず言葉の意味からです。開業費は、国税庁の資料で次のように説明されています。
開業費……不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用をいいます。
むずかしく見えますが、ネイリストの言葉に置き換えると「サロンをオープンするまでの間に、開業の準備のためだけに払ったお金」です。生活のために払ったお金ではなく、あくまで開業の準備のために出ていったお金、という意味になります。
この開業費は、税金のルールでは「繰延資産(くりのべしさん)」というグループに入ります。買った年に全部を経費にする消耗品とは別あつかいで、いったん資産として置いておき、あとから経費にしていく、というイメージです。
大事なのはここからです。開業費の経費のしかたには、次の2つの方法があります(国税庁の質疑応答事例より)。
- 60か月(5年)で均等に分けて経費にする
- 任意償却(にんいしょうきゃく)=好きな年に、好きな金額だけ経費にする
2つめの「任意償却」が、開業費のいちばんの特徴です。くわしくは後の章でお伝えします。
ネイリストの開業費になるもの・ならないもの
実際のところ、どこまでが開業費なのか。ネイリストによくある支出で見ていきます。
開業費になりやすいもの
- オープン前に刷ったショップカード、チラシ、名刺の代金
- オープン前に開いた内覧会やモニター募集にかかった費用
- 物件やシェアサロンを見に行ったときの交通費
- 開業の準備として受けた講習・セミナーの参加費
- オープン前に買った筆、ニッパー、プッシャーなど1点10万円未満の道具
- オープン前に出したSNS広告や地域情報誌への掲載費
国税庁の資料でも、開業費の例として「開業準備のために支出した広告宣伝費、開業までの給料賃金など」があげられています。ショップカードやチラシは、まさにこの広告宣伝費にあたります。
開業費には入れないもの
ここが見落としやすいところです。国税庁の資料では、繰延資産から「資産の取得に要した金額とされるべき費用及び前払費用を除く」とされています。つまり、モノを買った代金や、前払いしたお金は開業費に入れません。
| ネイリストの支出 | 開業費に入れる? | どうなるか |
|---|---|---|
| ネイルマシン(1点10万円以上) | 入れない | 減価償却資産として、決められた年数で分けて経費にします |
| ジェルライト・集塵機(1点10万円以上) | 入れない | 同じく減価償却資産になります |
| サロンの内装工事 | 入れない | 工事の中身に応じた年数で分けて経費にします |
| 物件の敷金・保証金 | 入れない | 戻ってくる部分は経費になりません |
| 物件の礼金・権利金 | 入れない | 別の繰延資産になり、原則5年などの期間で経費にします(20万円未満なら支払った年に全額) |
| オープン前に仕入れて使わずに残ったジェル | 入れない | 年末の在庫(棚卸資産)として数えます |
| 自分の生活費・自分のネイル代 | 入れない | 事業のお金ではないため経費になりません |
金額の線引きも覚えておくと便利です。国税庁のタックスアンサー「減価償却のあらまし」によると、取得価額が10万円未満のもの、または使える期間が1年未満のものは、その全額を使い始めた年の必要経費にできます。10万円以上20万円未満のものについては、一定の条件のもとで3年に分けて経費にする方法もあります。
なお、この10万円未満かどうかを消費税を含めた金額で見るか、含めない金額で見るかは、その人の経理のやり方で決まります。消費税を納めていない方(免税事業者)は、消費税を含んだ金額で判定することになります。
青色申告をしている方には、もう少し高いものまで買った年に経費にできる特例もあります。ただしこの特例は金額の基準や期限が改正されることがあるため、最新の金額は国税庁サイトでご確認ください。開業後の経費全体の分け方はネイリストの経費一覧でも整理しています。
開業費は「好きな年に好きな金額」経費にできます
ここが開業費のいちばんおいしいところです。国税庁の質疑応答事例には、次のように書かれています。
任意償却は、繰延資産の額の範囲内の金額を償却費として認めるもので、その下限が設けられていないことから、支出の年に全額償却してもよく、全く償却しなくてもよいと解されます。
言いかえると、開業費として集めた金額のうち、その年に経費にする金額は自分で決めてよい、ということです。全部でも、半分でも、ゼロでもかまいません。
さらに同じ事例では、支出から60か月を過ぎても、まだ経費にしていない残りの金額はいつでも経費に入れられる、とされています。5年で使い切らなければ消える、というものではありません。
ホームサロンを開いたAさんの場合
イメージしやすいように、数字で見てみます。サロン勤務を辞めて自宅サロンを始めたAさんが、オープン前に払ったお金を合計したところ、開業費が40万円になったとします。内訳は、ショップカードとチラシ、開業前の講習費、細かい道具、物件見学の交通費などです。
- 1年目:お客様がまだ少なく、もともと利益がほとんど出ていない。開業費は経費にせず、そのまま置いておく
- 2年目:リピーターがつき、少し利益が出た。開業費のうち10万円だけ経費にする
- 3年目:指名が増えて利益がぐんと伸びた。残りの30万円をまとめて経費にする
利益が少ない年に経費を積み上げても、もともと税金がかからないので効きめは小さいままです。反対に、利益が伸びた年に経費を寄せれば、その年の所得を下げられます。開業費はこの調整ができる、数少ない項目です。
ちなみに、1年目に全額を経費にして赤字になった場合でも、青色申告をしていれば、その赤字(純損失)を翌年以後3年間くり越して、利益が出た年の所得から差し引けます。どちらの道を選ぶかは、これからの売上の見通しによって変わります。
「記録を残しておくこと」が条件です
自由に選べるかわりに、宿題もあります。同じ質疑応答事例には「支出した開業費の内容及びその開業費の額が過年分において必要経費に算入されていないことを明らかにしておく必要があります」と書かれています。
やることはシンプルです。開業費の中身を一覧にして、いくら残っているかを毎年わかるようにしておくだけです。3年目にまとめて経費にするなら、その30万円がまだ経費になっていないと説明できる状態にしておく、ということです。
開業前のレシートを経費にする5ステップ
ここからは実際の手順です。難しい計算はありません。
1. 開業日を決めて、書き残す
開業費は「事業を開始するまでの間」の支出です。つまり、どこからが開業後なのかがはっきりしないと、開業費も決まりません。最初のお客様を迎えた日、サロンをオープンした日など、自分の開業日をひとつ決めて、カレンダーやメモに残しておきます。
2. 開業前のレシートを1か所に集める
ジェルを買った雑貨店のレシート、印刷会社の領収書、講習の受講料の控え、物件見学のときの交通系ICカードの記録。まずは全部ひとつの封筒やクリアファイルにまとめます。分類はあとからでかまいません。開業前の支出は忘れやすいので、思い出せるうちに集めるのがコツです。
3. 1点10万円以上のものを別によける
ネイルマシン、ジェルライト、集塵機、内装工事など、1点10万円以上のものは開業費ではなく減価償却資産になります。ここだけ別の山にしておくと、あとの計算がぐっと楽になります。判断に迷ったら、よけておいて相談すれば大丈夫です。
4. 開業届と青色申告承認申請書の期限を確認する
開業費そのものの手続きではありませんが、独立したら出す書類の期限は押さえておきましょう。
- 個人事業の開業・廃業等届出書:国税庁の案内では「事業の開始等の事実があった日の属する年分の確定申告期限までに提出してください」とされています
- 青色申告承認申請書:その年の1月16日以後に新しく事業を始めた場合は、業務を開始した日から2か月以内に提出します
青色申告承認申請書の期限はうっかりしやすいところです。開業費をまとめて経費にして赤字が出たときの3年くり越しも、青色申告をしていないと使えません。
5. 帳簿に「開業費」として書き、毎年の残りを管理する
集めた開業前の支出を合計し、帳簿に開業費として記録します。そのうえで、その年に経費にする金額を決めます。翌年以降のために、「開業費の総額」「これまでに経費にした金額」「残り」の3つが分かる一覧を作っておくと安心です。
なお、帳簿や書類は保存が必要です。青色申告をしている方の帳簿書類は原則7年間の保存とされており、請求書や見積書などは5年間でよいものもあります。
よくある質問
開業の何年前のレシートまで開業費にできますか?
国税庁が示している開業費の説明には、「何年前まで」という期間の上限は書かれていません。判断のものさしは年数ではなく、その支出が「開業準備のために特別に支出した費用」かどうかです。逆に言えば、いつ・何のために払ったのかを説明できることが大切になります。何年も前の支出を入れたい場合は、そのときの領収書と、開業の準備だったと分かる記録を残しておきましょう。
開業届を出す前に買ったジェルや道具も開業費になりますか?
開業費になるかどうかは、開業届をいつ出したかではなく、その支出が事業を始めるまでの開業準備のためのものだったかどうかで決まります。開業届はあくまで税務署に事業の開始を知らせる書類です。国税庁の案内では、開業届は事業の開始等の事実があった日の属する年分の確定申告期限までに提出することとされています。まだ出していない場合は、期限を確認して手続きを進めてください。
ネイルスクールの学費は開業費にできますか?
ここは判断が分かれるところです。開業の直前に、開業する事業のために受けた講習やセミナーの費用は開業費として扱いやすい一方、資格を取るための学費は「事業を始めるための準備」なのか「本人の能力を身につけるための支出」なのか、見方が分かれます。金額も大きくなりがちなところなので、自己判断で入れてしまう前に、受講の目的と時期を整理したうえで個別にご相談ください。
まとめ:開業前のレシートは捨てないでください
独立の準備期間に払ったお金は、開業費としてあとから経費にできます。しかも、いつ・いくら経費にするかを自分で選べます。売上が伸びた年にまとめてぶつけられる、いわば「取っておける経費」です。
そのために必要なのは、難しい知識ではなく、開業前のレシートを捨てずに取っておくことだけです。すでに開業してしまった方も、まだ間に合う場合があります。このサイトは、税理士が運営するネイリスト専門の確定申告サービスがお届けしています。くわしくは運営者情報をご覧ください。
※この記事は一般的な取り扱いをまとめたものです。制度は改正されることがあります。ご自身のケースについては個別にご相談ください。
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