ネイリストの法人化に「所得◯万円から」という決まった線引きはありません。この記事では、所得税と法人税の税率を並べて比べながら、法人化で増える負担と、判断するための手順を整理します。
ネイリストの法人化とは、会社をつくって仕事をすること
指名が増えて売上が伸びてくると、まわりから「そろそろ法人にしたら」と言われることがあります。ただ、法人化が何をすることなのかは、あまり説明されません。
法人化とは、会社をつくって、その会社の名前でネイルの仕事をすることです。今まで「自分」がやっていた事業を「会社」がやる形に切り替えます。
このとき、自分は会社の社長(役員)になります。そして、会社から自分へ「役員報酬」という形でお給料を払います。サロンの売上はいったん全部、会社のお金になります。
ここが最初のつまずきポイントです。会社の口座に入ったお金は、もう自分の財布ではありません。決めた役員報酬の金額だけが、毎月自分の手元に来ます。
「売上」ではなく「所得」で考えます
法人化の話に入る前に、言葉をひとつだけ整理させてください。税金の話で出てくる金額は、売上ではありません。
売上から、ジェルやポリッシュの材料費、シェアサロンの席代、ネイルマシンや集塵機の代金、講習費、交通費などの必要経費を引いたものが「所得」です。さらに社会保険料控除や基礎控除などを引いたものが「課税される所得金額」になります。
年商600万円のネイリストでも、材料費と席代で200万円かかっていれば、所得は400万円です。法人化の判断で見るのは、この後ろの数字のほうです。何が経費になるのかを確かめたい方は、ネイリストの経費一覧もあわせてご覧ください。
「いくらから」の答え:税率を並べて比べます

結論から言うと、国税庁が「所得がいくらを超えたら法人にしなさい」と決めているわけではありません。法人化は義務ではなく、選べるものです。
ただ、税率の仕組みには、はっきりした差があります。まず個人事業主として払う所得税の税率を見てみます。
| 課税される所得金額 | 所得税の税率 |
|---|---|
| 1,000円から1,949,000円まで | 5% |
| 1,950,000円から3,299,000円まで | 10% |
| 3,300,000円から6,949,000円まで | 20% |
| 6,950,000円から8,999,000円まで | 23% |
| 9,000,000円から17,999,000円まで | 33% |
| 18,000,000円から39,999,000円まで | 40% |
| 40,000,000円以上 | 45% |
所得が増えるほど、税率が階段状に上がっていきます。これに住民税なども加わります。
一方、法人税の税率はこうなっています。資本金1億円以下の普通法人(ふつうに会社をつくればここに入ります)の場合、年800万円以下の部分が15%、年800万円を超える部分が23.2%です(国税庁「No.5759 法人税の税率」/令和7年4月1日以後に開始する事業年度)。
つまり法人税は、利益がいくら増えても最大23.2%の階段までしか上がりません。所得税の階段は33%、40%と上がり続けます。この差が、法人化が節税になると言われる理由です。
よく言われる「900万円の壁」の正体
表をもう一度見てください。課税される所得金額が9,000,000円を超えると、所得税の税率が33%になります。法人税の23.2%を、はっきり追い抜くところです。
ネットで見かける「所得800万〜900万円が法人化の目安」という話は、ここから来ています。数字そのものは、この税率表を根拠にした目安です。
ただし、これをそのまま信じて動くと損をすることがあります。理由は次の章で説明します。
役員報酬には「給与所得控除」が使えます
法人化のもうひとつの効果が、これです。会社から自分に払う役員報酬は、税金の世界では「給与」として扱われます。
給与には、給与所得控除という決まった金額の差し引きがあります。令和7年分以降は、収入1,900,000円までなら650,000円、1,900,001円から3,600,000円までなら収入金額×30%+80,000円、3,600,001円から6,600,000円までなら収入金額×20%+440,000円です(国税庁「No.1410 給与所得控除」)。
レシートがなくても受けられる控除なので、個人事業のときにはなかった分が増えることになります。ただし、青色申告特別控除は個人事業をやめると使えなくなります。この控除は最高65万円ですから(国税庁「No.2072 青色申告特別控除」)、まるごと入れ替わるわけではない点に注意してください。
法人化すると増える負担を、先に知っておきます
税率だけを見ると法人化は魅力的に見えます。ですが、会社をつくると新しく増える支払いがあります。ここを見ずに決めると、手取りが減ることもあります。
1. 赤字でも毎年かかる「均等割」
会社には、利益が出ていなくても毎年かかる住民税があります。均等割といいます。
標準税率では、資本金等の額が1,000万円以下の会社の場合、道府県民税の均等割が年20,000円、市町村民税の均等割が年50,000円(従業者数50人以下)です。合計で年70,000円になります(総務省「法人住民税」)。赤字の年でも払います。
お客様が減った月があっても、この分は必ず出ていきます。個人事業のときには、なかった支払いです。
2. 社長ひとりでも社会保険に入ります
ここが、ネイリストの法人化でいちばん見落とされがちなところです。法人の事業所は、社長ひとりだけの会社であっても、厚生年金保険と健康保険の強制適用事業所になります(日本年金機構)。
厚生年金保険料率は18.3%で、事業主と被保険者が半分ずつ負担します(日本年金機構)。ただし、ひとり会社の場合は、会社が払う半分も自分の会社のお金です。実質的には全部を自分で負担することになります。
将来もらえる年金は国民年金だけのときより手厚くなります。とはいえ、毎月出ていく金額は確実に増えます。法人化の損得を計算するときは、税金だけでなく、この保険料の増加分を必ず入れてください。
3. 自分のお給料を、一年間変えられません
役員報酬には、決まりがあります。会社の経費として認められるのは、原則として定期同額給与、事前確定届出給与、業績連動給与のいずれかに当てはまるものだけで、それ以外の役員給与は損金の額に算入されません(国税庁「No.5211 役員に対する給与」)。
ひとりネイルサロンで使うのは、ほぼ定期同額給与です。これは毎月同じ金額を払う形で、金額を変えられるのは原則として事業年度が始まってから3か月以内に限られます。
ネイリストの売上には波があります。12月やブライダルシーズンに指名が集中し、夏に落ち着く方も多いはずです。それでも役員報酬は毎月同じ額です。「今月は売れたから多めに」はできません。
4. 会社をつくるときの費用と、毎年の手間
設立の登記には登録免許税がかかります。株式会社の設立は資本金の額の1,000分の7で、15万円に満たないときは15万円です。合同会社の設立も資本金の額の1,000分の7で、6万円に満たないときは6万円です(国税庁「No.7191 登録免許税の税額表」)。
このほか、株式会社は定款の認証が必要になるなど、形によって手続きと費用が変わります。会社をつくったあとは、法人設立の日(設立登記の日)以後2か月以内に、納税地の所轄税務署長へ法人設立届出書を提出します(国税庁)。
そして毎年、法人税の申告書をつくることになります。個人の確定申告よりも書類が多く、自分ひとりで進めるのは現実的ではありません。専門家に頼む費用も、毎年の固定費として見込んでおく必要があります。
| 項目 | 個人事業のネイリスト | 法人にしたネイリスト |
|---|---|---|
| 利益にかかる税の税率 | 所得税は5%から45%まで段階的に上がる | 法人税は年800万円以下15%、超える部分23.2% |
| 赤字の年の負担 | 所得税はかからない | 住民税の均等割が標準税率で年70,000円 |
| 年金・健康保険 | 国民年金・国民健康保険 | 厚生年金保険・健康保険に強制加入 |
| 自分の取り分 | いつでも自由に引き出せる | 原則として毎月同額の役員報酬 |
| 使える控除 | 青色申告特別控除は最高65万円 | 役員報酬に給与所得控除 |
| つくるときの費用 | 開業届の提出は無料 | 登録免許税は株式会社15万円から、合同会社6万円から |
消費税とインボイスの誤解に気をつけてください

「法人にすると消費税が2年間免除される」という話を聞いたことがあるかもしれません。これは、今のネイリストにはそのまま当てはまらないことがあります。
消費税は、基準期間における課税売上高が1,000万円以下であれば、原則として納税義務が免除されます。基準期間は、個人事業者ならその年の前々年、法人ならその事業年度の前々事業年度です(国税庁「No.6501 納税義務の免除」)。
ところが、同じページにこう書かれています。基準期間における課税売上高が1,000万円以下であっても、適格請求書発行事業者(インボイス発行事業者)の登録を受けている場合には、納税義務は免除されません。
業務委託サロンから求められてインボイス登録をしているネイリストは少なくありません。新しくつくった会社でも登録をするのであれば、免税にはならないという前提で考えてください。
なお、前年の前半6か月の売上などで判定する「特定期間」の決まりもあります。自分がどうなるかは、登録の有無とあわせて個別に確認するのが安全です。
法人化を考えていいネイリストのサインと、判断の手順
ここまでを踏まえて、実際にどう判断するかを整理します。まず、法人化を検討する価値があるサインです。
- 課税される所得金額が900万円を超える年が、続けて出てきた
- 今年だけの特需ではなく、来年以降も同じくらいの指名が見込める
- スタッフを雇っている、またはこれから雇う予定がある
- 店舗を増やす、テナントを借りるなど、事業を広げる計画がある
- 家族と一緒に運営していて、役割ごとの給与を整理したい
逆に、次のような場合は急がないほうが無難です。所得が900万円に届くのが今年だけになりそうなとき、産休や育休、引っ越しなど働き方が変わりそうなとき、そして帳簿がまだ整っていないときです。
決める前にやる5つのこと
- 直近3年分の確定申告書を並べて、課税される所得金額の推移を書き出します。1年だけの数字では判断できません。
- 来年の売上見込みを、指名のお客様の数から控えめに立てます。新規頼みの数字は入れません。
- 自分に払う役員報酬を、月いくらにするか仮決めします。生活費から逆算するのが現実的です。
- その役員報酬で厚生年金保険料と健康保険料がいくらになるかを調べ、今の国民年金・国民健康保険との差額を出します。
- 均等割の年70,000円と、申告を頼む費用を足します。ここまで足したうえで、税金の減る分が上回るかを見ます。
大切なのは、1年ではなく3年から5年で見ることです。会社をつくるのにも、たたむのにも費用と手間がかかります。「来年もこの売上が続くか」に自信を持って答えられないうちは、個人事業のまま利益を厚くするほうが安全です。
なお、当サービスは個人事業主のネイリスト専門です。運営の考え方は運営者情報をご覧ください。
よくある質問
合同会社と株式会社、ネイルサロンならどちらがよいですか?
設立時の登録免許税は、株式会社が15万円から、合同会社が6万円からで差があります(国税庁)。一方、法人税の税率は資本金1億円以下の普通法人であれば同じです。どちらを選ぶかは費用と、お客様や取引先からの見え方をあわせて考えることになります。迷う場合は、設立を決める前に専門家に確認しておくと安心です。
法人化したら、自分の確定申告はしなくてよくなりますか?
役員報酬は給与として扱われるため、会社側で源泉徴収や年末調整を行うことになります。ただし、ほかに所得がある場合など、確定申告が必要になるケースもあります。会社の申告と自分の申告は別ものだと考えて、自分の状況にあわせて確認してください。
売上が1,000万円を超えたら、法人化したほうがよいのですか?
1,000万円という金額は、消費税の納税義務の判定に出てくる基準であって、法人化の基準ではありません(国税庁)。法人化の判断で見るのは売上ではなく、経費を引いたあとの所得です。売上1,000万円でも、材料費や席代が大きければ所得はかなり下がります。
※この記事は一般的な取り扱いをまとめたものです。制度は改正されることがあります。ご自身のケースについては個別にご相談ください。
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